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オースビーらしさ

人類社会の発展原理たる「時の獲得」と「知の進歩」。この原理を組織意識に結びつけていく活動を高次に行い続ける人として、オースビーの社員には以下に述べる「オースビーらしさ」がその意識・無意識に通底している。

若さ(=変化可能性)

人は、自ら問い、学び続けることで、年次を重ねれば重ねるほど成長できる存在である。
オースビー社員は、顧客からどの社員も若く活力があると言われるが、それは、自ら問い、学ぼうとする姿勢からにじみ出る変化可能性と、常に純粋に組織と人に向き合う姿勢からくるものである。

青さ(=社会発展先導の源泉)

人類社会の可能性を信じ、自らの人生をその発展の歩みの中の1ページにしたいという熱が、時に青臭いとも言われる理想論を語る根底にある。そしてその青さは、現代企業組織の中で、変革を切望する経営層からすれば、望んでもなかなか自組織の中で得られないものでもある。
青さを現実組織の力に転じる教育と相まって、正々堂々と青さを発揮するのが「オースビー流」である。

潔さ(=高い情報力の源)

上質な組織が上質な情報を生み、上質な情報を生み出し・扱う人が上質な組織をつくる。情報の質の高さは、関わる人の潔さから生まれる。自らの問題を真っ先に真正面から認める、現実をそのまま受け止める、という姿勢は、組織内で発生しがちな情報の曇りを生み出さないばかりでなく、関係者を感化する力を持つ。

世の東西を問わず、どの時代においても様々な物語を通じて、人類は「人のあるべき進歩の姿」を描いてきた。

物語の主人公に共通するのは、周囲との「時間」感覚のずれ、である。

一人だけ突出した危機感。それは時に嘲笑の的となったり、無視の対象となったりする。
周囲は悠長なままである。しかし、主人公のたゆまぬ動きに次第に感化される。
危機の予兆が生じ、さらにその感化は大きなうねりとなる。しかし必ず「事を起こさぬようにする」力が働き、順風が続くことはない。それでも主人公は、未来を予見したかのような確信をもって前進し続ける。
最終局面で、主人公と周囲の「時の概念」は一致をみる。周囲は彼に感謝する。

物語には続きがある。

事が過ぎると、周囲は再び以前の悠長な日常へと戻っていく。
主人公だけがその心を鍛えることとなり、「時の概念」をまた一段と拡げていく。

その姿は若い。その姿は青い。その姿は潔い。

普遍的に人が求める進歩・成長の姿。時の概念の真っ当さの進歩。
それを物語に託し、本のページやスクリーンの中に感情移入しているよりも、もっと人らしい生き方がある。
自らが、その進歩の道を歩めば良い。
それが、人としての「高級」「普遍」「稀少」の道である。